スクリーンの空

パロディ

ロートレアモン伯爵の文体で人間を殴るだけ

 おや!君の剛健な身体に備わったミミズの様に太い神経にも、痛覚が備わっているとは知らなかった!しかし、自動機械の定められた文法に従って緊張した、普段なら盛りの付いた猫の尾の様によく動く表情筋や、僕の耳には優しいヒキガエルの様なうめき声で、僕の同情を誘おうとするのを諦めろ!そう君に説教しながら、マゾヒストの犬の睾丸の様に柔らかい、縛り付けられた君の剥き出しの鳩尾に、僕の岩石の鋭さを持つ、骨ばった拳をめり込ませるのを、君が赤子そのものである善意がそうさせている懇願で、止めることが出来るかも知れないという幻想を、もし君が昨今の優れた道徳教育によって、絶滅収容所の死体の前で、満面の笑みでピースした写真を、愛情の印として恋人に送り届けたという親衛隊の残忍な偏見が、全世紀までの野蛮な人類特有の振る舞いとして終止符を打たれたのだという、無知な大学生のそれと見紛う、惚けた歴史観を持っているのでなければ、今すぐに捨てろ。だが、僕の真意を、君も直ぐに理解することだろう。僕が十何度目かの拳を振り上げた時、君がこの世でこんなにも理不尽な目に合っているのは自分だけだという、理性的に考えれば馬鹿げたものでしかない激情に駆られながら見せた、標的に狙いを定めた猛禽類にも似た、数秒後に起こる殺人を約束する、獲物にとって致死的となる眼光を、僕が見逃した訳ではない。だがそれと同じ眼が、彼のきめ細かく艶のある顔に宿ったのは、彼がまだ十五にも満たない頃だった。いや、彼の受難に満ちた物語を、今はまだ僕が語る頃合いではないだろう。カミソリの様に瘦せこけた頰を見せる相手もいなくなった、賢明なる読者は、僕と彼との出会いの、ウンバチクラゲも神経毒の分泌を、その必要がもはや皆無だという理由で止めてしまうエピソードを、僕がいずれ秘密にしておくことを諦めるという約束を、ここに交わすことに感謝しろ。さぁ、君の悪意によって僕自身が黒い血を流す為に、肢体の縛めを解いてやろう。……おお!何てことだ。まさか絶命してしまうとは!この長話をしている最中にも、君の急所を、怒り狂ったマッコウクジラが海面を叩きつける尾の万力を込めて殴り続ける暴力行為を、一時中止することを、僕がうっかり失念していた為だというのか?鮮血と吐瀉物が花開く床に寝転がった、鬱病を患った猿の様な君よ。心から済まない。命を奪うなんて、そんなつもりは毛頭なかった。僕はただ世界の重い一撃が、健康な君の魂に加える変容を、この目で確かめてみたかっただけなのだ。そして数年後には、君が大事そうにしていた綺麗事の数々を捨て切れずに、海岸から身を抛つというロマンチストの真似事さえしなければ、現実に目を瞠いた君は、僕に感謝するまでになったことだろうに!僕の少しばかり極端ではあると僕自身も認めるところの、動機主義に偏った倫理観を、君が承認してくれるなら、この拷問の帰結として用意されていなかった不可抗力の殺人を、思わず神も許してしまうに違いない。悪気はなかった!そして君は、傲慢な者と嘘吐きが堕ちるのだと迷信深い連中に言われている、逆さ吊りの地獄にて、積もる話を蓄えて、一足先に待っていろ。もし僕の様な人間が堕ちる地獄が、この地上以外に存在すればの話だが、やがて僕もその地に赴くだろう。氷漬けのコキュートスで悪魔大王に噛みちぎられる為に、奈落の最下層へと向かう、その通過点として。