スクリーンの空

パロディ

浮く

 春、暖かくなると胸をよぎるこの気分には見覚えがあるけれど、どこから来たものなのか分からない。僕には、思い出があまりない。言葉も回想もなく気分に浸ること、それが行き止まり。川面を反射する光、風の音、そこで立ち止まるだけ。悲しい気分。長閑な気分。

 朝から女の子と長話をする。話すたびに、あなたは魅力的で好きだと伝えられる。話が尽きることはない。なんでも良いけれど、僕らは恋人なんだろう。短期間で人はこんなに仲良くなるものなのかと、いつも驚く。軽くて甘いノリに慣れた。冗談を言うのが上手くなった。

 絵を描こうとしている。基礎的な練習を少し。それ以上はまだ出来ない。近々仕事を辞めようかと思っている。読書をしていない。下らない動画を見ている。恋人に教えてもらった音楽を聴く。食事をする。シーチキンとほうれん草、納豆、ナッツ。これは料理ではない。昼になると眠くなる。散髪に出かける。買い物をする。

 欲望には惨めさが付き物なのだろうか。喉が渇けば水を飲めば良いことを知っているように、心を満たす術を知ることが出来る筈だ。良いことが起こると、単純に幸運だと思うこと。欠乏を埋めようなんて卑しさもなく。野心もなければ、嫉妬も、復讐心も。そんなものはとっくに一人で克服したつもりになっているから、何もなくても景色は輝かしくて、その上僕は浮かれているのだ。それは驕りかも知れない。僕は助けられている。健康になった。友人が出来て、人に好かれた。恵まれているだけ。僥倖、恩寵。感謝して謙遜ぶる奴が嫌いだった。口にすることは容易い。

 別れがあったら、たぶん少し涼しくなったと感じることだろう。僕は薄情なのかも知れない。昔も同じことを書いた。不可解な現実に、どんな種類の神話を与えることも許さないこと。苦痛に塗れていて、単純に引き裂かれること。その痛みたるや。一貫した他力本願の、そういう修養。気分が良い時は単純に夢心地になれるだろう。そういう交換。僕は一方を憎まない。僕はもう一方を感謝しない。ついこの間まで星や夜景の仲間だったものが、不意に僕たちの手を引く。完結しない輪の広がり。