青色だったと気付く

 僕たちがお互いにいてもいなくてもいい存在でしかないという事実は、当然のことだって受け入れている。そんな関係は、或いは少し淡白なのかも知れない。いつだって世界は僕抜きで旋回している。そんな風に感じてしまうのは、目の前のこの人も、この人を含む景色も、いつか世界の概念に溶けてしまうことを知っているから。ついこの間まで星や夜景の仲間だったものが、ふいに僕の手を引く。人々はそんな風に立ち現れては消えて行く。

 夕日が建物の隙間から細く差し込む。テーブルクロスや飲みかけのグラスに反射した光が、こんなにも鮮やかな橙色に見えるのは、補色の効果でもあるのだろう。僕は世界が青色だったと気付く。今この瞬間が時の時だと分かることは幸運で、いつも遅れて来る感情が、空っぽの間に通り過ぎていった時間をきっと、埋めてくれるだろうことを願っている。

或いは眠りながらのようにして

 表象から別の表象へ。有用性なのか、それとも芸術的な、あるいは神秘的な、目的は分からない。だけど僕らは何かを望み、何かから望まれるだろう。そして裏切られるのだ。僕たち自身が表象の一部なのだという事実によって。僕たちの内で何かは存続し、何かは滅びる。投げられた賽の目は、問題にすらならない。

 僕たちは表象の、その奥を見る事はない。そこには何もない。何かが目に映り、欲望と呼ぶものによって、与えられた尺度によって、承認する事。それか嫌悪する事。対象は変わるが、形式は変わらない。僕が何かを成し遂げたなら、その事実によって、それは認められる。それとも認められる事で、成し遂げたという事になる。そして僕は生きられる。僕は勝利したのだろうか。そうではなく、怪物の背に乗ったのだ。ただそれだけの事なのだろう。誰かが、欲するものを欲する。僕は僕の欲するものを欲する。太古の昔から、連なる表象の歴史。それは刻み込まれ、時間を超える。或いは葬り去る。気まぐれの判定によって。それは在り続ける。

 無数の感情が僕の内面に映し出され、選択をする。僕が、ではない。だって僕が美しいと思うものは、どうしようもなく美しいのだ。誰も選ぶ事は出来ない。人間は消え去る。それはそうなっているのだ。

 生きているのは。移ろい、殺し、眠るのは。残酷なのは、言葉なのだ。僕はそれを、僕を傷付け、今も誰かを傷付けているそれを、利用する。快楽から、恐怖から。動機は何だっていい。餌食になるよりは、むしろ積極的に。或いは何も感じずに。何も考えないように。僕は今こうして生きている。

笑いが、夢が、そして眠りの中でおびただしい屋根が、残骸となって雨と降る......何も知らぬこと、果ての果てまで(恍惚の果てではない、眠りの果てだ)何も知らぬこと。

 きっと敗北なのだ。だけどもう抗う必要はない。それは決定された敗北だったからだ。現実を舐め尽くす事で、価値をそのまま転倒させられる。虚無も恐怖も、味わう事が出来る。それがこの世界の答えだという事。僕たちは何も知る事はない。一筋の痕跡も残す事はない。この上なく完全に諦めて、それでも僕は、理由もなく何かを摑み取ろうとするのだろう。何かを捕らえてやろうと試みるだろう。無駄だと知りつつも、命令を受けたマシンの様に。次に来る感情を既に感じながら、駆り立てられて、約束された失敗に向けて、それは繰り返されるだろう。そうする事が定められているかの様に、死に物狂いで。或いは眠りながらのようにして。

物語の話

 公的言語は私的言語の比喩である。例えば、人生は無意味だ、と思う事は言語的な条件反射であって、そう思う時に感情に生じる直感は、人生が無意味であるという事実よりも遥かに恐ろしい地平まで延びている事があるのだ。公的言語は還元主義を暗黙の裡に含んでいる。膠着した意識の上で問題を解消しようとしない事。芸術と論理を区切る稜線は僕の目には連続的に見える。

 

 ある価値を妥当なものであると判定する事を主観的経験に還元してみると、その説明によって何かしらの安心感を覚える、という程度の事なのではないかと思う。大乗仏教を勉強してる風の人が「私は悪い事をしていないから、来世は幸せである筈だ」と自信に満ちた顔で言う。「だから死は怖くないのだ」と。だけど僕は勿論、(仮に来世を信じるとして)そんな風に納得する事はない。人間がある現象を現実であると認識するその射程は各自の推論の能力によって規定されていて、それが確かなものであると保障する事が出来ない以上、全ての人間は不可避的に罪悪の連鎖に参与させられていると考えるのが、仏教的な見地からすれば妥当だと思われるからだ。だから「私は悪を成してしまっているので地獄に堕ちるかも知れない」と考えるべきだ、と言いたいのではない(その不安は同様に陳腐だ)。そうではなくて、「私は自分の認識能力の外部で逃れ難く、既に悪を行ってしまっている」という方向で自覚を持つ他に選択肢などないのだと言いたい。縁起や輪廻とは、(少なくとも)そういう事態を表現しているのではないか、と思う。「自分は悪を成していない」なんて言う事は(咽び泣きながら言うのでなければ)思い上がりにしか見えない。なので僕はそんな風に安心出来ない。

 人間は欺瞞を排し安心を得る為に、推論を延長し、思弁的な体系を形成する。この時に心に留めて置きたいのは、欺瞞が悪であるという訳ではなく、欺瞞が不安を呼んでいるから、人がそれを退けようと試みているに過ぎないという事だ。正確には、直感に対して辻褄合わせが不足している場合に、人は不安を覚え、その説明原理を欺瞞であると感じる、という順序になる。真理の表現はいつも主体に折り返されなければならない。だから自らの無罪性を信じる事も、それ自体として間違いであるという訳ではない。少なくとも、僕はそう考える。

 

 ここから先は以上の事を踏まえた上での話。素朴に善悪の実在を信じていて、物語というファクターすら認識に備わっていない人間のナルシシズムに触れると、余りにも自我が脆弱なのではないかと僕は思ってしまう。子供ではないのだから、自分が世界の中心ではない事くらい直感している筈だが、勧善懲悪的な体系を解体するだけの思想的な体力がないので、何らかの具体的な褒賞が与えられると自分は間違っていなかったのだと結果論的に判定を下し、その度ごとに誤魔化して来たのだろうと推測してしまう。彼らの踏ん反り返った姿勢はそういう経験によって正当性を得た自信なのだ。そうしなければ自我が理不尽に耐えられないのだろう、と僕は思ってしまうのだ。彼らは善悪が世界に存在しない事を口先では当然の様に言うが、彼らにとって価値の正当性の不在は、目眩を覚えるような事件ではあり得ないのだ。コントロール不能な偶然性を支え切る世界の構築は、彼らの生に於いて実際的な課題ではなかった。それは単純に平和ボケを意味していて、そうでなくても世の中を見渡していれば、まず陥らないイデオローグだろうと思う。まったく、善良さなんてものは思考停止以外の何でもない。とはいえ、そんな事を他者に要求する事なんて出来ないし、僕は彼らの心が壊れてしまえば良いだなんて思ってもいない。その人が満足してるならそれに越した事はないので、結局これは僕が個人的に関わりたくないと感じているというだけの話なのだ(いつも通りの帰着点)。

 

 ただの悪口を書いてしまった気がします。全て気圧の所為にさせて下さい。僕はもうダメです。(書いてる途中で、そんなやつ本当にいるのか?という気分になっています。)

 どうでも良い事だけど、気圧が低い日はベートーヴェンピアノソナタを聴きたくなる。

白昼

 未だに電車に轢かれる夢を見る。眠っている時ではなく、ぼーっとしている時などに、ふと気が付くと自然に。僕は駅のホームの最前列に並んでいて、後ろの人間に突然、背中を押される。そして電車と衝突する瞬間、背中を押したのが自分自身である事を、僕は知っている。どうして、と思う。それと同時に、僕は僕自身を線路に突き落とす僕でもある。明確な狙いを持って、何か重たいものを背負わせて、吹き上がる汚物を託して、僕は自分の背中を押す。困惑と殺意。その二つの映像と感情を、並列的に展開して、同時に頭の中で感じ取る。

 一連のイメージは余りに繰り返し過ぎたので、もう殆ど僕自身から切り離しようがないものになっている。 こんな事を、こんな風に言語化する行為は許されるのだろうか。馬鹿みたいだけど、許して欲しい。誰に向かって頼んでいるのか知らないけれど。

 

 具体的な問題について考えなければならない、と思う。手遅れになり始めている。僕は酷く孤独で、始めから孤独だったから孤独であるという事を感じさえしない。かつて涙が出るほど欲しかった筈のものを見ても、今では何も感じない。諦めであると理性で判断しているが、それを諦めとして感受する能力はない。それが諦めるという事の意味なのだ。

 問題を純粋に抽象的な方向へ持って行く事は出来る。そちらの方向で解決を図る事なら、僕には出来る。深呼吸を二回もすれば、例の圧倒的な無関心の地平が薄っすら見えて来る。だけどそれは別の角度から見れば、いずれ追い付かれる規範からの逃避でしかないのだ。だから僕は少しばかり現実的に考えなければ。生きていくためには、考え方を変えなくてはいけない。しかし危機感も、焦燥感もない。僕は生きる事に関心がない。これが本来的自己なんてものじゃなくて、心の底からどうでもいいから、どうでもいいと思っているだけだという事を、僕は知っている。

 僕には何らかの基本的な欲求が欠けていて、だから日常に融和する動機を確保する事がとても難しい。手掛かりが見当たらない。有益性と人間関係を基礎とする凡ゆる価値基盤は、いつも僕を疎外して来た。僕は努力をした気がする。もっとも、人の事なんてさっぱり分からないから、自分は努力をしたと言い張る事なんて出来ない。感情の比較は虚しくなるだけだ。それでも、僕は努力をしたのだと思う。

 

 大学生は孤独が許される殆ど唯一の時間で、僕は孤独を達成してしまったので、この先どこかへ向かう理由が存在しない。今の所、と思いたい。いや、別に思いたいとも思っていない。

 

 抵抗があるけれど、僕自身の事。僕は恐らく、というのは正式に診断を受けていないので分からないのだけど、自分で少し調べた所、ASDの傾向がある。そして恐らく分裂気質に該当する。それから重症の、少しばかり常軌を逸して(と言っても構わないと思いたい)重症のアレルギーを持っている。このアレルギーが何もかもの元凶だった、と思う。ストレスが昂じて鬱や神経症や、感情面でも何か色々と併発している。全体として自分では良く分からない。アレルギーの方は徐々に軽くなって来ている。

 僕の両親は、社会的な善良さと素朴さによって広く共感能力を代用しているが(と言うと聞こえが悪いけれど、どちらも立派な美徳であり、だから代用が可能なのだ、何せ間違ってるのは僕なのだから)、他者を相対的に理解する知性は殆ど備えていないような人だ。

 

 一番苦しかったのは多分、高校時代。教室という空間の全てが耐え難かった。その中で僕という人間は、不快で、不自然で、どう甘く見積もっても存在しない方が良い存在だった。と言うよりも、存在しないも同然だった。乱雑な情報は全てノイズとなり、文字が上手に読めなくなった。人の話も聞き取れなくなり始めた。感情の殆どを消し、何も覚えられなくなった(だから本当に、学校の具体的な記憶が余りない)。一週間かけても歴史の教科書を数ページ暗記する事さえ出来なかった。僕は本物の、正真正銘の、無能になってしまった。もちろん波はあるけれど、どうしようもない時に試験日が重なると、殆どの教科を白紙で提出するしかなかった(記号欄だけ《ア》と埋めて)。

 それでも僕は自分を病人や異常な人間だと見做す事に付きまとう、生柔らかい欺瞞や陶酔の可能性に、激しく嫌悪感を抱いていた。自意識過剰なのではないか、馬鹿げた「フリ」をしているのではないかと、自分自身を疑うと吐き気を覚えた。普通という漠然とした精神的領土に雁字搦めにされていたのだ。僕は無知で、自分の苦痛を取り沙汰す理由がなかった。甘えているだけなんだ、と思った。混乱や殺意や希死念慮は、ただの厨二病の一形式なのだ。いつも笑ってる彼も彼女も、その内面は呪詛に満ちているのだ。僕が嘘を付くのが下手なだけなのだ。そう思わなければ耐えられなかった。人間がどれも同じ薄気味悪い人形の様に見えた。学校は(風邪や怪我などを除いて)一日も休まなかった。

 

 彼らの言う所の共感能力。彼らは世の中の全てが分かった気になっていて、最も狭量な一般論で気持ちを表現出来る。それは真性の御都合主義で、エゴでさえない、何の意味もない喚き声。もちろん本当はそうではなく、僕だけがその言葉の意味を読み取れず、処理出来なかったというだけの話だ。僕は聞こえてくる言葉の全てを遮断した。自分に敵対する世界の、何か重力の様なものを不足なく言い表す言葉だけを探していた。日常生活は惰性の力だけで乗り切った。

 

 不条理。 偶然。

 高校二年生の頃、幾つかの単語が心の中に残留している事に気が付いた。そうした言葉の破片は、普通とは異なる不思議な響きがするようだった。けれどもその先に何か続けようとしても、拙い言語能力では、相反する感情と理屈によって、どれも予め否定されてしまうのだった。何もかもが自分自身に跳ね返って来て、僕自身を余計に傷付けた。

 世界は僕の鏡なのだ。

 煮えたぎる感情を封じ込めたまま、僕はこの時、帰結というものを放棄した。

 

 

 なんとか大学生になり、その心理的過程の全てを記述する事は到底出来ないけれど、なんていうか、僕は完全に折れてしまった。僕は乗り切ったのだから、もう大丈夫なんだと思っていた。自分を褒めてやりたかった。それなのに人の心は、そんな風には作られていない。ボロボロに尖らせた錆びの様なプライドで支えていた人間性が、音を立てて壊れるのは、ただ単に時間の問題でしかなかったのだ。

 

 

 ある日、講義の後、突然地面が揺れた様に感じた。地震ではない。高校生の時にも、いま立っている地面が突然抜けてしまう様な、そんな瞬間があったけれど、それと同じだった。以前の僕は、決して意思を曲げなかった。だけど今の僕は、もう既に沈んでしまっていた。

 風景が不自然に曲がり始めて、腐った様な匂いがした。僕はこう書いても少しも大袈裟な表現だとは思わない。目が回り、壁に手をつこうとして腕を伸ばしたが、そこに壁なんてなかった。バランスを崩し、瞼を閉じ、項垂れて、揺れが収まるのを待った。このまま地面に倒れて眠ってしまいたかった。

 その時、唐突に「回収しなければならない」と思った。

 正確には僕が思ったのではなく、彼らがそう思っていて、僕の目眩の中に感情が伝わっているのだった。並列的に。

 どれだけの自己を抹消して生きて来たのか、もはや分からなかった。自分が一体、誰なのか判然としなかった。自分の体も、感情も、思考も、誰か別の人間の物の様に感じられた。僕は自分自身から弾き出されて、僕の中で異物だった。頭の中で、回収しなければならない、という声が響いていた。それ以外には何一つ必要なく、それだけが重要な事のように思われた。

 少し冷たい風が吹き始めた、良く晴れた昼の事だった。

曇り空の系譜

 青く透明な空に、もくもくとした遮蔽物が浮いている、というイメージが重苦しさを余計に連想させていると思う。僕は白くて清潔だから好きだけどな、曇り空。

 

 そういえば「色彩家は曇天の下でも美しい画面を完成させなければならない」なんて事をドラクロワが言っていた(台詞はうろ覚え)。その言葉通り、ドラクロワの色彩の発見は、まず視覚から明暗による認識を否定する事から始まったに違いない。それから勿論、透視図法的な遠近法も取り去られている。

 そうして物から固有色を解放した彼の成果はその後、燦々と煌めく光を描き出す印象主義者や、精神の奥深くに眠る暗闇を色彩その物の効果よって表現するルドンら象徴主義にまで引き継がれ、それぞれ独自の形式へと発展する。

 しかし爆発的な色彩が与える心理効果を、その発明家にして既に知り尽くしていたであろうドラクロワは、特に代表作『サルダナパールの死』に於ける、財産の全てを略奪される最中に退屈そうに無表情を保つサルダナパールの描写と、凄惨な場面に似合わない画面全体の静謐感に見られるように、「刺激の中での倦怠」というモデルニテの精神の萌芽を、その画面の中に早くも予告しているかの様だ。

 その意味に於いてドラクロワの精神の後継者と言えるのは、幻想的効果を排し、人間の剥き出しの生を描いたマネであり、その知覚に於ける後継者は、色価によって全く新しい空間を出現させたセザンヌなのではないか、と思う。彼らの作品は、同じくドラクロワの影響下にあるモネやルノワールなどの画面と比較してみても、事物の捉え方の違いは瞭然だ。それは自然光を排除しなければ立ち現れる事のない冷徹なリアリティ、つまり曇り空の系譜としてのドラクロワ後継者。

 そして原始美術との邂逅を経たピカソによって、画面に豊かな生命感は取り戻される。しかし事物を優しく照らし出す太陽に逆戻る事など有り得ない。それは画面の内側から照射し、命を焼き尽くしバラバラに破壊しようとする太陽による、逆説的な生命の表現だ。

 

 なんて感じで、個人的に好きな大画家についてぼんやり繋げて考えていた(少し無理があるかも知れないけど)。曇り空が齎した表現も豊かなのではという、思い付きの話。

 こういう文章を書くのは、どうも苦手ですね。僕は記憶の引き出しを開けるのが素早くないみたい。

逆さまだったら台無しだ

  自分の言葉なんてものを僕は軽々しく信用してないけれど、教養や一般論が、教養や一般論として浮いて見える文章を読みたくない。需要はあると思っているけれど、消化されていない知識は、なんだか気恥ずかしくなる。僕は妥当な結論なんて信じない。理屈と情動は不可分だ。逆に固有の経験から起こってしまった観念だったら、どれだけ荒唐無稽に見えても尊重するに値する。そういうのって、どこで嗅ぎ分けているんだろう。文章の響きと匂いが思考をどこかへ連れて行く。机の上にある新品の最果タヒと、中古のエミール・シオラン。逆さまだったら台無しだ。本当は人間が生きているのではなく言葉が生きていて、言葉が人間をして語らしめている、という感じがする。

 

  死にたいんじゃなくて本当は温泉に行きたいだけだよ、みたいな言葉をよく耳にする。心の中の不快感は確かにあるけれど、それを具体的な何かと結び付ける事でしか、僕達は自分の気持ちを表現出来ない。その時に選ばれた具体的なイメージは、こう言って良ければ、経験による虚像だ。本当は何がどう実現する事で、どの様な納得が心に生じるのか、ハッキリしていない。だから凝り固まった死というイメージに温泉をぶつけるのは、(最も単純な形ではあるけれど)一つの詩的な遂行だ。

 でも僕や僕に似た人はきっと、本当に死んでみたいとも思っているんじゃないかと思う。死の欲動と言うらしい。そう言ってみる事も出来るらしい。意識に依る分節化以前の状態へ向かおうとするエネルギー。これは到底理屈じゃ手に負えないので、推論なんてしない。このブログを読んで下さっている方ならご存知だと思いますが(本当にそうか?)言葉に依ってある種の連続性を経験する試みを、僕は続けている。なんて事を言うと、仰々しくて笑ってしまうけれど。

 死にたいんじゃなくて死んでみたいだけだよ、と言うのはどうかな。僕をよろしくお願いします。

 

 自分の苦しみを凡庸なものにしてしまう誰かの眼差しを、他人の心なさを、いつも意識している人の言葉に触れるのが辛い。馬鹿にしているんじゃなくて、本当に辛いと思う。インターネットの酷い所は、大衆文化の醜い所は、不幸を形式に貶めてしまった事だ。だけどやっぱり僕は、始めから不幸なんてどれもこれも、典型的で凡庸に違いなかったのだと思っている。飾り立てなきゃいけない苦しみなんてある筈ないと思う事でしか、僕は個人の苦しみを尊重出来ない。

 

 知り合い(と言って良いのか分からないけれど)がオススメしていた覚えのある、石原吉郎という人の本を偶然書店で見つけたので、何となく気になって購入してしまった。彼は詩人なのだが、僕が手に取ったのは詩集ではなく散文集。例によって詳細は省くけれど、僕は高校時代に何ヶ月もの間、必要不可欠な儀礼を除いて、ただの一言も言葉を発さない時期があった。そして僕はそれを失語症だなんて呼ぶ気は今でもない。というよりも、僕はそれ自体を特に問題にすらしていないのだった。しかし彼は「今でもそれを失語症という大それた名前で呼んで良いものか戸惑う」という気持ちも含め、「失語症が意識されるのは言葉が取り戻される過程に生じる苦痛に於いて」なのだと、その体験を克明に記述していた。シベリアに収容されていた彼と、この僕を比較する事なんて出来る筈がないけれど、幾つかの点に関して言えば、それは僕自身が感じている苦痛にそのまま対応しているかの様だった。納得したという訳ではないが(きっと納得なんてないんだ)、僕の経験はどうやら失語という名の経験だったらしい。

自殺を正当化する夢ばかりみてた

 堅苦しい事ばかり考えて狭苦しい知性が嫌になったから、どうにかしたいと思っている。でも僕より遥かにずっと賢い人でも、良く見ていると、その人に固有の苦くて苦しい一貫性の部分では、僕と同じくらい狭苦しいんじゃないかと思えてきて、少しだけ安心しても良いのかなと感じる。笑ってる奴はみんなアホだよ。賢くなりたいんじゃなくて、同時に違う人になってみたいと願ってしまう僕は、最低に賢くない。

 

 対人恐怖症だから人と会うのが怖い、という種類のトートロジーが世間に溢れている、気がする。だけどそれは何の説明にもなっていなくて、任意のカテゴリーと等号を結んでいるだけだ。病名として認知する事が実際的な役に立つ限りに於いて意味を持つべき言葉を、意識の中で綺麗に切り分ける事は難しい。言葉は容易に世界を映し出すレンズにこびり付いて、パースペクティブを歪ませる。平凡な幸福とか一般論との比較で自意識の輪郭をなぞっても、良い事なんて一つもなかった。その思考はそのまま、理解出来ない他人をマウントする為の弾丸にだってなる。普通なんてないんだから、汚染されないで欲しい。そんな事は今まさに感じている感情とは何の関係もないんだ。意識の流れみたいなものを僕は信用していると思う。信用したいと思う。

 

 承認が欲しい。(インターネットの承認じゃないやつ。)だけどきっと本物の承認なんて夢か錯覚でしかないのだと思う。君の言葉は概して誰かに理解されるけれど、君の事は決して誰も理解しない。言葉に復讐する為に、僕は言葉を失墜させる。本当の声は空の上にあるのか、血の奥深くにあるのか分からなくて、自殺を正当化する夢ばかりみてた。

 

 誰かの見てる景色より自分の見てる景色の方が尊いと思わないと、自分の見てる景色に価値を感じる事は出来ない。だって価値というのは比較と交換によって発生するのだから。本当に他の人にも内面があって、全ての人の内面が等価だと「感じて」しまったら、殺人鬼から家族を守る事さえ出来ない。誰が満たされて誰が奪われても、誰が生きて誰が死んでも同じ事になる。(本当に同じ事だ。)そうやって少し極端な状況を想定すると、自分の中にエゴが自覚される。

 決断の時、誰かを無自覚に貶める。自分を大切だと思う事にも、自分の積み上げて来た思想や、自分の認識している表象を大切だと思う事にも、自分可愛さ以外に何の根拠もなかった。これがブレーキの外れた思想だって事は知ってる。僕達は価値なんて殊更に意識するまでもない日常を生きている。辻褄合わせはしたくない。価値なんて本当、なくなればいい。