スクリーンの空

パロディ

愛していた訳でもなかった

 新幹線が加速して、サティのジムノペディを聴いていたから世界が遠かった。電子版を流れる文字を眺めていたら頭痛がしてきたから目を逸らした。僕は自ずと心に立ち上がってくるものを、義務のように否定して生きていた。僕には感じるべき感情や、考えなければいけない思考がある気がしていた。これではないもっと相応しい何か。それは途轍もなく膨大な質量で、いつだって僕の手には負えなかった。音楽を聴きながら他の曲を脳内で再生しようとして、やめた。馬鹿げている。無意味に決まってる。瞬間、恐ろしいほど沢山の可能性が脳裏をよぎった。なのに僕は世界の遠さでしかなかった。そんなことが不思議だった。

 新幹線でサティだから世界は遠かった。速度は僕に突き刺さり、音は僕に突き刺さり、それは僕の隠された力だった。僕が意図していない、僕自身が狙い定めた訳でもない、僕に備わっていた偶然の感性だった。僕は世界の遠さになることが出来るのだ。実を言うとそんなことはとっくに知っていて、疑問なのは他の喧しい連中をどうやって眠らせたかだった。別に何だって構わなかったし、凡庸な気分だと思ったし、僕はそいつを愛していた訳でもなかったから。

 運動が、旋律が、色が、明るさが、柔らかさが、微笑みが、それらの在らん限りの組み合わせが、生成しては剥がれ落ちる意味が、砕け散ったものの中で束の間、平和のように訪れる。そんなありきたりな奇跡の時。僕は理由もなく消し去られていった全ての予感に手を振って、さよならをした。本当に何の理由もなかったから、悲しかった。どうしてそれで良しということにしたのか思い出せなかったけど、思い出せないままにすることにした。体が気体になったみたいに感じた。