白昼

 未だに電車に轢かれる夢を見る。眠っている時ではなく、ぼーっとしている時などに、ふと気が付くと自然に。僕は駅のホームの最前列に並んでいて、後ろの人間に突然、背中を押される。そして電車と衝突する瞬間、背中を押したのが自分自身である事を、僕は知っている。どうして、と思う。それと同時に、僕は僕自身を線路に突き落とす僕でもある。明確な狙いを持って、何か重たいものを背負わせて、吹き上がる汚物を託して、僕は自分の背中を押す。困惑と殺意。その二つの映像と感情を、並列的に展開して、同時に頭の中で感じ取る。

 一連のイメージは余りに繰り返し過ぎたので、もう殆ど僕自身から切り離しようがないものになっている。 こんな事を、こんな風に言語化する行為は許されるのだろうか。馬鹿みたいだけど、許して欲しい。誰に向かって頼んでいるのか知らないけれど。

 

 具体的な問題について考えなければならない、と思う。手遅れになり始めている。僕は酷く孤独で、始めから孤独だったから孤独であるという事を感じさえしない。かつて涙が出るほど欲しかった筈のものを見ても、今では何も感じない。諦めであると理性で判断しているが、それを諦めとして感受する能力はない。それが諦めたという事の意味なのだ。

 問題を純粋に抽象的な方向へ持って行く事は出来る。そちらの方向で解決を図る事なら、僕には出来る。深呼吸を二回もすれば、例の圧倒的な無関心の地平が薄っすら見えて来る。だけどそれは別の角度から見れば、いずれ追い付かれる規範からの逃避でしかないのだ。だから僕は少しばかり現実的に考えなければ。生きていくためには、考え方を変えなくてはいけない。しかし危機感も、焦燥感もない。僕は生きる事に関心がない。これが本来的自己なんてものじゃなくて、心の底からどうでもいいから、どうでもいいと思っているだけだという事を、僕は知っている。

 僕には何らかの基本的な欲求が欠けていて、だから日常に融和する動機を確保する事がとても難しい。手掛かりが見当たらない。有益性と人間関係を基礎とする凡ゆる価値基盤は、いつも僕を疎外して来た。僕は努力をした気がする。もっとも、人の事なんてさっぱり分からないから、自分は努力をしたと言い張る事なんて出来ない。感情の比較は虚しくなるだけだ。それでも、僕は努力をしたのだと思う。

 

 大学生は孤独が許される殆ど唯一の時間で、僕は孤独を達成してしまったので、この先どこかへ向かう理由が存在しない。今の所、と思いたい。いや、別に思いたいとも思っていない。

 

 抵抗があるけれど、僕自身の事。僕は恐らく、というのは正式に診断を受けていないので分からないのだけど、自分で少し調べた所、ASDの傾向がある。そして恐らく分裂気質に該当する。それから重症の、少しばかり常軌を逸して(と言っても構わないと思いたい)重症のアレルギーを持っている。このアレルギーが何もかもの元凶だった、と思う。ストレスが昂じて鬱や神経症や、感情面でも何か色々と併発している。全体として自分では良く分からない。精神科には行ってない。アレルギーの方は徐々に軽くなって来ている。

 僕の両親は、社会的な善良さと素朴さによって広く共感能力を代用しているが(と言うと聞こえが悪いけれど、どちらも立派な美徳であり、だから代用が可能なのだ)、他者を相対的に理解する知性は殆ど備えていないような人だ。彼らを呪うことなんて出来ない。何せ間違っているのは僕なのだから。

 

 一番苦しかったのは多分、高校時代。教室という空間の全てが耐え難かった。その中で僕という人間は、不快で、不自然で、どう甘く見積もっても存在しない方が良い存在だった。と言うよりも、存在しないも同然だった。乱雑な情報は全てノイズとなり、文字が上手に読めなくなった。人の話も聞き取れなくなり始めた。感情の殆どを消し、何も覚えられなくなった(だから本当に、学校の具体的な記憶が余りない)。一週間かけても歴史の教科書を数ページ暗記する事さえ出来なかった。僕は本物の、正真正銘の、無能になってしまった。もちろん波はあるけれど、どうしようもない時に試験日が重なると、殆どの教科を白紙で提出するしかなかった(記号欄だけ《ア》と埋めて)。

 それでも僕は自分を病人や異常な人間だと見做す事に付きまとう、生柔らかい欺瞞や陶酔の可能性に、激しく嫌悪感を抱いていた。自意識過剰なのではないか、馬鹿げた「フリ」をしているのではないかと、自分自身を疑うと吐き気を覚えた。普通という漠然とした精神的領土に雁字搦めにされていたのだ。僕は無知で、自分の苦痛を取り沙汰す理由がなかった。甘えているだけなんだ、と思った。混乱や殺意や希死念慮は、ただの厨二病の一形式なのだ。いつも笑ってる彼も彼女も、その内面は呪詛に満ちているのだ。僕が嘘を付くのが下手なだけなのだ。そう思わなければ耐えられなかった。人間がどれも同じ薄気味悪い人形の様に見えた。学校は(風邪や怪我などを除いて)一日も休まなかった。

 

 彼らの言う所の共感能力。彼らは世の中の全てが分かった気になっていて、最も狭量な一般論で気持ちを表現出来る。それは真性の御都合主義で、エゴでさえない、何の意味もない喚き声。もちろん本当はそうではなく、僕だけがその言葉の意味を読み取れず、処理出来なかったというだけの話だ。僕は聞こえてくる言葉の全てを遮断した。自分に敵対する世界の、何か重力の様なものを不足なく言い表す言葉だけを探していた。日常生活は惰性の力だけで乗り切った。

 

 不条理。 偶然。

 いつだったか、幾つかの単語が心の中に残留している事に気が付いた。そうした言葉の破片は、普通とは異なる不思議な響きがするようだった。けれどもその先に何か続けようとしても、拙い言語能力では、相反する感情と理屈によって、どれも予め否定されてしまうのだった。何もかもが自分自身に跳ね返って来て、僕自身を余計に傷付けた。

 世界は僕の鏡なのだ。

 煮えたぎる感情を封じ込めたまま、僕はこの時、帰結というものを放棄した。

 

 

 なんとか大学生になり、その心理的過程の全てを記述する事は到底出来ないけれど、なんていうか、僕は完全に折れてしまった。僕は乗り切ったのだから、もう大丈夫なんだと思っていた。自分を褒めてやりたかった。それなのに人の心は、そんな風には作られていない。ボロボロに尖らせた錆びの様なプライドで支えていた人間性が、音を立てて壊れるのは、ただ単に時間の問題でしかなかったのだ。

 

 

 ある日、講義の後、突然地面が揺れた様に感じた。地震ではない。高校生の時にも、いま立っている地面が突然抜けてしまう様な、そんな瞬間があったけれど、それと同じだった。以前の僕は、決して意思を曲げなかった。だけど今の僕は、もう既に沈んでしまっていた。

 風景が不自然に曲がり始めて、腐った様な匂いがした。僕はこう書いても少しも大袈裟な表現だとは思わない。目が回り、壁に手をつこうとして腕を伸ばしたが、そこに壁なんてなかった。バランスを崩し、瞼を閉じ、項垂れて、揺れが収まるのを待った。このまま地面に倒れて眠ってしまいたかった。

 その時、唐突に「回収しなければならない」と思った。

 正確には僕が思ったのではなく、彼らがそう思っていて、僕の目眩の中に感情が伝わっているのだった。

 どれだけの自己を抹消して生きて来たのか、もはや分からなかった。自分が一体、誰なのか判然としなかった。自分の体も、感情も、思考も、誰か別の人間の物の様に感じられた。僕は自分自身から弾き出されて、僕の中で異物だった。頭の中で、回収しなければならない、という声が響いていた。それ以外には何一つ必要なく、それだけが重要な事のように思われた。

 少し冷たい風が吹き始めた、良く晴れた昼の事だった。