落下

「ダメだ。頑張れば話が通じると思ってる所がダメだ。何となく良い気分になれる即席の慰めや愚痴でその場をやり過ごして、それを何らか深みのある思考だと思いながら自己肯定して日々のサイクルを乗り越える処世術、それがあいつが人生を賭けて堆積させた思想なんだ。そういう綺麗事が、あいつの持てる論理の全てだ。あいつはそれ以上の苦悩や内省は思わせぶりな虚偽か、別の世界の出来事だと心の底では思っちまっている。文学作品だって全く読んでない訳ではないだろうが、そこに描かれている様々な意識的探究は、あいつにとって実在の様に感じられる事はない。目の前や隣にいる彼、彼女がそれ程までの実存を兼ね備えているとは決して、決して、思いもしない。あいつは自分の観念の中で眠りこけているんだ。それがあいつの理解の限界だ。想像力の限界なんだよ。あいつに何を話そうが、いや、話せば話すほど、あいつは僕を、何かに影響されて訳の分からん事を口走り、思わせぶりな態度で気を引こうとしている人間だと見做すんだ。長々と言葉を尽くそうが、表情や身振りで訴えかけようが、何も言わずに黙っていようが、全てが同じ事だ。何故かって、あいつにとって僕が他者だからだ。あいつの能天気な世界観から逸脱する内面を持った他者だからなんだよ。あいつは僕の話を真剣に聞いている面をする。だが何も分かっちゃいない。何も通じちゃいないんだ。それが僕にはハッキリと分かるんだ。あいつの前では全てが滑ってしまうんだよ。吐き気を感じさせる同情的な目付きになるか、理解出来ない奴を軽蔑する目付きになるか、どちらかだ。だが実際あいつだけの問題じゃない。世の中の大人が子供を見る目なんてそんなものだ。全く恐ろしいほど薄っぺらい認識を基盤としていて、全てが虚飾だ。ああ、あいつの頭の中の低品質の観念に僕の人間性が吸収される。あいつが同意の身振りをしようが、反論の身振りをしようが、僕にとってはどちらでも一緒なんだよ。あいつは表面的な態度で相手を慰めたり一般論を提示して叱り付けた気になる事が、相手を満足させてやる全うな方法だと思ってやがるんだ。教科書か何かにそう書いてあるんだろう。恐ろしいのは、そんな風に薄められたコミュニケーションは、一旦身に付くともうどうしようもなくなっちまうって事だ。子供が相手の時だけじゃない。誰と話していても、もう相手の事なんて目に映っていない。薄っぺらな固定観念と、定められた空虚なやり取りを続ける自動人形だ。そしてそんな奴らに囲まれて生きている内に、本当に僕は自分を滑稽なピエロの様に感じてしまう様になってしまった。まともなフィードバックが行われるコミュニケーションが存在しない日常なもんだから、僕は自分らしい振る舞い方がさっぱり分からなくなってしまった。僕は人間を前にすると、自分が本物の気違いにしか思えない。別にあいつの人生を否定はしないさ。でも、自分にも分かる言葉で話せだなんて余りにも身の程知らずだ。あいつの身勝手なスケールで理解出来る言葉なんて、僕はこれっぽっちも持ってない。テレビで垂れ流される価値観があいつにとって一番違和感なく気持ち良く受け入れられるんだから、あいつは何かを知らなければならないと駆り立てられた事さえない。あいつは知性が劣等な訳ではないが、そういう状態でいくら勉強したって、手に入るのは空虚な知識のガラクタだけだ。今まで大した不条理を感じる事もなく生存出来てという事実に寄りかかって、自分の陳腐な感性を常識的だとか一般的だとか思ってやがる。いや、あいつが苦労してないと言う気はない。あいつが人間失格という訳でもない。まったく、ごく普通の善良な市民なんだ。それでも、あいつが自分の経験した不条理を得意顔で語る時の、余りにも下らないあの話…何度も聞かされた…小学生だって虐めでも受けてる子なら、遥かに迫真を持った経験を語れるさ…聞くたびにいつも殺意を覚える。本当にケチで下らない話だ。あいつを少しでも話が通じる人間にしたいなら、あいつの言語世界を崩壊させる様な事故が起きる事を祈るしかない。だけどそんな事、僕は望んじゃいない。だから僕はもう、コミュニケーションを諦めるんだ。実際の所、到底無理なコミュニケーションなんて気休めの和平と比べたら、何の価値もないんだ。僕らはそもそも別々の人間なんだからな。」

 「それじゃあ君も同じ穴の狢じゃないか。やっぱり、遺伝だね。」