考えた事

物語の話

公的言語は私的言語の比喩である。例えば、人生は無意味だ、と思う事は言語的な条件反射であって、そう思う時に感情に生じる直感は、人生が無意味であるという事実よりも遥かに恐ろしい地平まで延びている事があるのだ。公的言語は還元主義を暗黙の裡に含ん…

曇り空の話

青く透明な空に、もくもくとした遮蔽物が浮いている、というイメージが重苦しさを余計に連想させていると思う。僕は白くて清潔だから好きだけどな、曇り空。 そういえば「色彩家は曇天の下でも美しい画面を完成させなければならない」なんて事をドラクロワが…

蓋然性とか

知識の説明や概念の整理をわざわざ自分で言語化しようという気力がさっぱり湧かない。好きな本とかアニメとか音楽について熱く語るのも何だか面倒くさい。理想としては、もっとメタフォリカルなイメージで一気に全体を分かった気になりたい。きっと僕の情け…

異邦

社会的、一般的に浸透しているコードと個人的な価値観の一致は偶然であり、言うまでもなく、この一致が正確であればあるほどマジョリティとして社会に違和感を感じる事なく生活する事が出来る。しかし社会的なコードから逸脱した主観の持ち主は当然、自らの…

暴力表現

フィクションを仮構し、無秩序の中で、人々に定まった方向付けを与える事を創造行為と呼ぶならば、生み出された幾つもの「方向」は必然性を持たず、観念の数々は全くフラットな水平面上の、趣味や慣習からなる価値観の座標である。 例えば理性中心主義と、そ…

表象

たとえ世界がフィクションであってもフィクションの中に様々な感情の居場所を見付けられるという事自体を尊重しなければならない、と思う。というのも、それ以上のものは何処を探しても見付からないからだ。幸福や不幸のイメージによる諸々の価値観、即ち物…

焦点

『問題の意見が食い違う人はむしろ奇跡的に気が合う人と思い喜ぶべきで、大抵は問題の焦点が合わなくて、こちらは殆どの場合どうしようもない』という、思ったより遥かに簡潔な表現に出会い、拍子抜けしてしまったという事が先日あった。というのは、殆どの…

フィクション

物語作品の中の他者は、もうその時点である同一の世界観に所属させられる事で歪められた他者であり、恐らく物語というのは他者を都合良く解釈可能にする場を出現させる装置なのだ。それは他者と真に隔たっているという事を表現する形式ではないのだろうと感…

シモーヌ・ヴェイユの悲劇と詩

シモーヌヴェイユの著作を読んで個人的に考えた事です。 ヴェイユにとって、詩、即ち美の発見には恥辱、悪による実存の引き裂きが必要である。美とは我々をうっとりさせるだけではなく、現実の不条理と命の恐ろしさを見せ付けるものでもあるのだ。古代ギリシ…

意思疎通

僕は自分の思考や感情を少なくとも公共の言語によって順序立てて説明しようと思っている。しかし他者に於いてそれがどの様に受容され、どの様な考え方に落ち着くかは、僕の知る所ではない。異なる人間の意識との間に同一性を求める事は諦めるしかないのだと…

愚者

愚者は愚者の言う事にしか耳を貸さないし、愚者の言葉に共感し賛成する。その事に不満を言う訳にはいかない。人々は正しさを求めているのではなく、快い生活を求めているだけかも知れないのであり、基本的にその態度は否定されない。愚者が愚者の共感を求め…

詩の発生

嘆きを嘆きとして表現するだけでは優れた詩にはならないと僕は思う。矛盾を抱え込みながら対立を乗り越えるか、対立そのものを肯定的に提示しなければならない、という気持ちがある。嘆き悲しむ者は、許しや報いを欲する事なく、美によって現実を受容し、美…