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無題

かなり虚しいので何も思わない。自分の単調さにうんざりしている。どうせ何も出来やしないという不安。自分が過ちを犯しているという不安。同じ不安が繰り返されるが、何も感じていない事。絶望や目的を感じない事。自分自身の言葉が誰の役にも立たず、世間…

踊り

自分以外の誰にも知られる事のない思考や感情を言語で表すというのは何かしら奇妙な事だ。僕達は「我々は自分の内面をこの様に記述する」という社会的なルールに則り、それがあたかも内面を記述するのに相応しい言語であるかの様に体得し、言語体系を更新さ…

制限

極めて直感的な美意識によって数々の言語表現や感情が制限されているという事を、文章を書き、また他人の文章に触れる中で、ふと実感する瞬間がある。実に多くの文体や主題が世に溢れているのだが、僕はその内の殆ど全てを無意識的に選別し、排除しているの…

暴力表現

フィクションを仮構し、無秩序の中で、人々に定まった方向付けを与える事を創造行為と呼ぶならば、生み出された幾つもの「方向」は必然性を持たず、観念の数々は全くフラットな水平面上の、趣味や慣習からなる価値観の座標である。 例えば理性中心主義と、そ…

無題

凡ゆる感覚が希死念慮に繋がる。嫌悪感と無関心を振り子の様に往復する日。自然も、様々な創作物も、異性の存在も、どんなデザインも、何も美しいと思わない。だってそれは感覚の無意味な羅列に過ぎない。地に根を持たず、宙を彷徨っている浮ついた文脈。僕…

表象

たとえ世界がフィクションであってもフィクションの中に様々な感情の居場所を見付けられるという事自体を尊重しなければならない、と思う。というのも、それ以上のものは何処を探しても見付からないからだ。幸福や不幸のイメージによる諸々の価値観、即ち物…

焦点

『問題の意見が食い違う人はむしろ奇跡的に気が合う人と思い喜ぶべきで、大抵は問題の焦点が合わなくて、こちらは殆どの場合どうしようもない』という、思ったより簡潔な表現に出会い、拍子抜けしてしまったという事が先日あった。というのは、殆どのフィク…

綜合

僕はしばしば、事象を無理矢理に綜合しようという意識を働かせ過ぎる事で、身動きが取れなくなってしまう。瞬間ごとに継起する様々な感情や、年を経るごとに変化して行った性格、ある思い出深い記憶の数々を、ただの一振りで表現したいという憧れが僕にはあ…

信じる事

我々が普段使っている「信じている」という言葉は、当然疑わしいからそう言うのであって、「祈っている」という意味に近い。と言うのも我々は実際には「信じている事」を私的に選択する事は出来ないのだ。「信じている事」は意識された瞬間に消えてしまうの…

フィクション

物語世界の中の他者は、もうその時点である同一の世界観に所属させられる事で歪められた他者であり、恐らく物語というのは他者を都合良く解釈する装置であり、他者と真に隔たっているという事を表現する形式ではないのだろうという事を良く感じる。しかしこ…

意思疎通

僕は自分の思考や感情を少なくとも理解可能な言語によって順序立てて説明しようと思っている。しかし他者に於いてそれがどの様に受容され、どの様な考え方に落ち着くかは、僕の知る所ではない。異なる人間の意識との間に同一性を求める事は諦めるしかないの…

顔を失った

この文章は神経が尖っていた時に書き留めていたメモを纏めたものです。 再び世界がネバつき始める。その理由が僕には分からない。一種の神経症なのだろうか。確かに極度に神経質になっているのを感じる。目に付くものが尖り、色彩は煩く、直視出来ない。通り…

解像度

不幸や痛みの経験が他人の気持ちが分かる人間になる条件とは思えない。ある程度の不幸しか負っていない人は更に強烈な不幸の体験には共感不可能であり、余りにも過酷な目にあった人はそれほどの苦痛を感じていない人の気持ちなど理解出来ない。全く現実を苦…

詩の出現

個人的な意見だが、嘆きを嘆きとして表現するだけでは優れた詩にはならないと思う。矛盾を抱え込みながら対立を乗り越えるか、対立そのものを肯定的に提示しなければならない、という気持ちがある。嘆き悲しむ者は許しや報いを欲する事なく、美によって現実…